2010年1月15日 (金)

ブログの力

近所に新しい飲食店ができたんだけど、
店の前は汚いし…




等と思ったことを他のブログに書き込んだのが3週間前。

ふと。店名+広島でYahoo検索をしてみると、トップに出ていた。

SEOのためのブログで約100くらいの検索サイトに登録してあり、Googleランクは3。
かなり上位に行くだろうと想像していたけど1位は予想外。

同名の他店もありご迷惑をかけてはいけないと、
町名や英文の店名も入れたら、
Googleでもトップになってしまった…

可哀相かな?
これくらいは当然だ!
どうしよう?

葛藤の末、店名だけは削除することにしたけど、
YahooもGoogleもキャッシュで当分検索に引っかかるだろうな…

書き始めのブログならともかく、ある程度のランクになればそれなりの配慮が必要ですね。
つくづくブログの怖さを実感しました。

札幌のFさん
山梨のIさん
京都のMさん
神戸のOさん

気を付けましょうね~。

でも、私に気を付けて書けと言うのはむりかもね(∋_∈)

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2009年12月 5日 (土)

青春万歳!

最近、とんとご無沙汰している新宿歌舞伎町だが、学生時代は思い出深い町でもある。
最初に行った歌舞伎町では忘れられない経験をした。

広島の友人二人と初めての歌舞伎町を徘徊していると、小柄なおっさんが突然声を掛けてきた。
「兄ちゃん、おもろい写真があるで~」東京なのに何故か関西弁だが興味を引かれた。
「チョット見てみ~。足がからみ合ってるやろ。勉強になるで~」と写真の1/5、膝から下の足がもつれている写真をチラッ、チラッと見せる。
「あんたら学生さんやろ、普通は一組1万円やけど、5千円でええわ。」
「こんなん見て勉強せなあかんで~、ここは、おとろしい街やで~」
「どや!あんたらやったら4千円にしといたるわぁ」と、実にテンポがいい。

途中、「安くして」だの「もっと見せて」だの話をしたが、既におっさんのテンポに嵌っている。
結局2千円で折り合いがついたが、元値の1万円が何故そのようにダンピングされるのか疑問も持っていない。
一人が支払いをしている間に封筒を受け取り、写真を見ようとすると…
「アホか!こんなとこで出してどうすんねん。皆捕まってしまうやろが!」と一括。
「そりゃ~、そうじゃ」と、妙に納得しお金を渡した。

後で見てみると…
相撲の写真…
確かに相撲の勉強にはなる…
足も絡み合っている…
男女とは言っていない…
捕まるとしたら著作権の問題…
今時、こんな古風なサギに引っかかるのは、わしらだけじゃろうな~

アホじゃのぉ~

今もかぁ…

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2009年10月 7日 (水)

地震雷火事おやじ

地震が過ぎたと思ったら、今度は台風ですか・・・
とんだ3連休になってしまったものです。
皆さん大丈夫でしょうか?
広島はとくに何もなかったのですが、
とても辛い気持ちでニュースを見ていました。

日本ってこんなに災害多かったでしょうか?
広島はわりと災害が少ない(気がする)せいか、
今まで私が意識していなかったせいか分かりませんが、
ここのところ増えているように感じます。

人間がいろいろと知恵を絞っても
自然の力には適わないのでしょうか。
ひとつ台風を付け加えたいところですが、
「地震雷火事おやじ」とはうまいこといったものです。
おやじはさておき、昔の人の言葉が今でも身にしみますね・・・。

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2009年6月 4日 (木)

物価の分かるつけ麺屋さん

会社の近くにあるつけ麺屋。
味は中の上だけど、駐車場があるのと昼に空いているので週一は利用しています。

このお店60過ぎの姉妹がやっていて、時々30代の娘が手伝いに来る。
小麦が値上がりしても値上げはしなかった。

私が注文するのは中(麺1.5玉)タレ大辛でしたが、
野菜(胡瓜の千切り・ゆでキャベツ・斜め切りのネギ)が少なくなってきた。

その内、チャーシューの脂身が増え枚数が減ってきたので、
小(麺1玉)の特盛り(野菜とチャーシュー大盛り)を頼むようになりました。

実に物価に敏感なところで、夏にネギが高いとネギが減ったりでとてもわかりやすい…

食べる時に食材が減るから、今何が高いのかがよ~く分かります。

このことに気づいた時には思わず笑ってしまいましたが、
女性らしい気配りで値上げをしないところが良いですねぇ。

主婦の知恵で値上げすることなく踏ん張っているのが気持ちが良い。
同僚を誘って食べに行ったら、妙に関心をしていました。

ガンバレおばちゃん!

私は応援致します(^ヘ^)v

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2009年4月28日 (火)

話題の

「ビリーズブートキャンプ」に友人が入隊しました。
普段運動していないのに大丈夫かな?
と思ったら、やはり大丈夫じゃなかったようです。

激しい動きについていくのも難しいのに、ビリーさんの励ましに乗せられてついつい頑張りすぎてしまったとのこと。
ビリーさんに「頑張れ!」とか「君ならできる!」とか言われるとすっごいヤル気が出るらしいんですよ。
受験勉強のおともにしたかった、とまで言っていました。
どなたか試してみてください(笑)

その翌日から地獄の筋肉痛に苦しみ、三日坊主どころか一日でトレーニングを中断するはめになったとか。
自分のペースをきちんと考えないと駄目ですねー・・・。
終わったら貸してね!と言ってはみたけれど、運動不足の私にはちょっときつそうです。

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2009年4月 2日 (木)

言われる方も嫌だけど・・・・

相手に何かを伝えるときに、いい事ならいいけど・・・

なんかさっ・・・
相手がショックや落ち込みそうなことを言わなきゃならない時って
伝える側も、辛いよね
辛いんだなあ~~~

この人には、「 必要だから 」と思って言うのはまだいいけどさっ
いいたくない事を伝えなきゃいけない時って・・・

 「 好きで言ってるわけじゃないからね 
 「 分かってくれるかな~~ 」 って思いながら言うけどさっ

伝わらんかったら、ホンマに冴えん役だよなあ・・・

でもねっ
そんな役、人も必要なんだよな~
嫌な役をあえてやらなきゃいけない人もいるんだよな~~
冴えんけれど、そんな気持ちを察してくれる人もきっといるよねっ

やれやれって思いながらもね・・・
やってこっ
やってこっ

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2009年2月10日 (火)

オバマ大統領の動きは素早い。

国民の「責任」に言及し、「Yes We Can」・「Change has come」を封印した。

「国民が良い大統領をつくり、良い大統領が国をつくる」を地でいく演説でした。

この大統領なら経済危機を脱し、イスラム諸国とも良好な関係を築かれると国民は熱狂し、就任演説には2百万人が参加した。

きっと、自分の義務と責任を痛感し、新しい時代に自分が参画する意志を強めたに違いない。

でも、我が国民は選挙権を奪われ参加することさえ叶えられない…

ええかげん、なんとかせ~よ(-_-メ)

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2009年2月 5日 (木)

た~んじゅん」と嫁の一言

愛車マーク2ブリットに乗って広島県印刷工業組合の駐車場に入れようとしたら、
道路に違法駐車があり、バックではなく前から突っ込んだ。

玄関に二段の階段がありランクルの時は、タイヤが当たるまでそのまま突っ込んでいたんだけど、
つい大丈夫だろうとブリットで突っ込むと「ガリッ」とやな音がした。
見ると前のバンパーの左角に凹みが付いてる(;_;)

意気消沈…
この車に変えて4年
何処にも傷が無かったのに…

目ざとく、息子が見つけて
「どしたん、誰がやったん」
と傷を拡げる…

嫁が
「あ~あ」
とだめ押し。

「ええわい!すぐに保険で直してやる!」
と捨てゼリフ。

でも、ぶつかった時の嫌な音が耳に残ってる…

一つ良いことがあった(^.^)
義弟から買い換えて要らなくなったiPodを貰ったんだ。
義弟はiPodからFM電波を利用し車内で聞いているらしい。
私とは違うジャンルの曲がたくさん入っていて、家族で取り合いの状態だ。

iPodのデザインは好きだな~
気分が晴れた(^_=)v

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2009年1月31日 (土)

私のターニングポイント

私の育った小学校には、戦前の建築としては珍しい鉄筋コンクリート造りの校舎が残っていた。
原爆にもめげず、石造りの日銀と共に廃墟の街に聳えていたらしい。

5年生の頃、流行った遊びが「狐の野球」。テレビでやっていた「コンバット」を真似た遊びだが、戦争物の名前を使う事が憚られたため、コンで狐・バットで野球と呼び変えたのだ。
みんな手作りの「銃」を持ち、大きさによって射程と球数を決め、二組に分かれて敵陣を目指す。
大きい銃は射程が長いが、次弾を撃つまでに大きな声で五つ数えないといけない。場所はばれるし機能性に欠けるが、木っ端とパイプを組み合わせて色も付けたりした力作である。
口で「バーン」と言いながら「○○ちゃん、死んだ」といえば、その子は死んだ事になり以降の判定役となる。
ゲームより苦労し作り上げる工作の面白さと、みんなに披露し「すっげ~」の声を聞くのが主な楽しみであった。

ある日、その遊びが担任の先生にばれた。
次の日、全ての授業が中止となり、被爆建物である旧校舎の地下教室へと連れて行かれた。
薄暗い湿った地下教室。
「ここで、あなた達と同じ小学生が何十人と死にました。」
「被爆後、この校舎は病院として使われ、毎日何十人と死んでいきました。」
「私は主人と息子を戦争で亡くし、残った家族も全て原爆で亡くしたんです。」
と先生が静かに話し出した。
「この校舎の壁には、尋ね人の落書きで一杯でした。誰も消す事が出来ず、今では板を張って保護してありますが、写真があるので見に行きましょう。」
それでクラス全員、原爆資料館・原爆ドームへと連れて行かれた。

道すがら「ここには私の友人が住んでいた。」「ここは魚屋だった。」等々と話す先生。

改めて被爆直後の写真を見ると、
廃墟だ…
誰もいない。
存在した証拠も記録も何も残っていない。
日記も写真も服も茶碗も…

現在の平和公園しか見た事のない私たちに、
ここには人が暮らし、笑顔や包丁の音などの生活音に溢れていた事を知らされた。
自分だけ離れた工場に行っていたために残された悲しみ。
主人や息子を戦いの場に送り出してしまった悔恨。
泣き濡れて、立ち直れる事ができなかった数年間。
そして、二度と過ちを繰り返さないと誓い、教師となった事。

「どんな事があっても、人が人を殺してはいけません。」
「どんな理由をつけようと、人に人を殺させてはいけません。」
嗚咽しながら話す先生…
クラス全員が泣いた…

私の息子も高1となった。
そろそろ伝えなければならない。
それが私の義務だから…

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2008年12月16日 (火)

白髪の女

友人の内科医と飲みに行ったのはロシアンパブ。
彼は語学の天才で、英語・中国語・韓国語・ロシア語・タガログ語を話す。
金髪のおね~ちゃんと話をしようにも私は全くだめで、
仕方なく日本人のママを相手に飲むことになる…

ふと友人を見ると、楽しそうに訳の分からない言葉で会話が弾んでいる(`´メ)
彼が言うには、先日彼女とランチを楽しんだそうだ。
その後、奥さんが車のシートに金色に光る髪を見つけ、
「白髪の女を乗せたん?」と聞いてきたので
思わず「知らん!」って言ったそうだ。

この夫婦は2年に一度は大喧嘩をし、
頑固な二人は数ヶ月に渡って口も聞かない。

業務連絡が必要な時は私に電話してくる。
つまり、私を伝言役に使うのだ。

「そろそろ、何々しないといけないけどどうするつもりか聞いて!」
「お前が勝手に判断しろ!」
「じゃ、好きなようにする!」
「何であんなことしたんや!」
「好きなようにせえと言うたじゃない!」
私を経由した伝言喧嘩は続く…

疲れ果てた私が、
「もう、ええ加減にしてくれ。こっちが病気になりそうだ…」と言うと

この夫婦は、
「ええ病院知っとるよ~」なんて声を揃えてぬかす!

「患者を治すんじゃなくて、患者を作るんか!」に、
「そうでもせんと、儲からんけ~」だって…

『夫婦喧嘩は犬も食わん』ですね…
頼むから私を巻き込むのは止めてください m(_ _)m

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